3月9日(日)音楽礼拝説教全文
「心配するな」(山上の説教から) マタイ6:25~34
聖書教会共同訳では「思い煩うな」とありますが、本日は新改訳の「心配するな」を説教題としました。
なぜイエスは、七回も繰り返し「心配するな」と言われるのか。それは私たちの世界には心配の種が絶えず、心配の材料に囲まれているからです。また、私達が心配しやすい者達であることを、主はよくご存知だからです。
「命について、体について(:25)、寿命について(:27)」心配するな。 「食物について、着物について『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』(:25、:31)と心配するな。」とイエスは言われます。 私たちはこの箇所を、今日の昼食に何を食べようか、夕食に何を食べようかとか、どの服を着て外出しようかといった風にとらえることがありますが、そのような内容を言っておられるのではありません。何を食べようか、何を着ようかとは、食べる物も、着る物も無いような貧しい社会の中での、命にかかわる衣食住の悩みのことです。 貧しい国の、今日、明日の切迫した問題、命にかかわる環境の中で、主が言われていることばです。 又、「明日(未来)について」(:34)心配するなとイエスは言われます。 明日食べ物はあるのか。明日着る物はあるのか。 …5千人の給食の記事で、誰も食べ物を持っていない状況は、普通考えられないものですが、そのような社会状勢なのです。
「心配するな」 思い煩うな、心を思い乱すなと繰り返し言われている「メリムナオー(ギリシア語)」は、反対方向に引っ張られる、分けられる、引き裂かれるというのが語源で、明日のことで心が裂かれてばらばらになる様子を意味します。 混乱し、引き裂かれることによって心が締め付けられている状態です。 そのような私たちにイエスは何と言われるのでしょうか。 「空の鳥を見なさい」と言われます。凝視して、注意深く見つめなさいと言われます 「野の花を見なさい」と言われます。よく注意して、観察して、考えてみなさいと言われます。心配事で頭がいっぱいになっている人に悠長なことを言われるものだ、と言いたくなりそうな内容です。本当に引き裂かれる心、悩みの中にある人に「空の鳥を見なさい」「野の花を見なさい」と人はアドバイスできるでしょうか。 しかし、鳥や花など見ているゆとりもない環境の中で…日々の生活に追われる貧しさ・みすぼらしさの中で主は言われるのです。「心配するな」(思い煩うな)
信仰のあるユダヤ人が貧しく、信仰のない支配者である異邦人(ローマ人やギリシア人)が豊かな生活環境の中にいます。イエスは、(:32)「それはみな(神を信じない)異邦人が切に求めているものだ。」と言われます。
(1)「空の鳥を見なさい」 天の父は、命を与え、その命を養っていてくださる(:26~27) 鳥に食べ物を与え、野の花に水を与え、養ってくださるのは私たちの神です。私たちはそのように思ったことはあるでしょうか。私たちは自分が労して糧を得たと考えるかも知れませんが、実は与え、養ってくださるのは神です。
「日々の糧を私たちに与えたまえ」と私たちは日々祈ります。 空の鳥を見て、明日食べる物を主が与えて下さることを思い出しなさい。あなたがたは空の鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。天の父が、神が、あなたがたに良くしてくださらない事があろうか。 空の鳥をじっと見て、こう思い出しなさい。天の父が私たちを養って下さる。神が良くしてくださる。
(2)「野の花を見なさい」 天の父は成長を与え、美しさを装って下さる。野の花をじっと見て、良く考えなさい。神が創られ、その美しさを装って下さる。(:28~30)
これから春に向けて、空の鳥、野の花を見ていただきたい。 天の父が養っていてくださる。装っていてくださる。 そのようにして、神がお造りになり、保護していて下さる自然を見なさいと、主が言われます。天の父は、あなたがたにこれらのものが ことごとく必要なのはご存知である。 イエスが心配する私たちに対して言われる真意は、「神の力強い支配と、その一方的な恵み」を知ることです。 (3)結論 まず神の国と神の義(正しい、一貫したお方)とを求めなさい(:33)まず(第一に)
kingdom of God 神の国(支配)
His righteousness 神の義(神を見上げる者に一貫して良きことを為して下さるお方)
神はご自身に信頼する者を祝福し、悪しき者を裁かれます。一貫しておられます。不正を行われません。 食べる事、飲む事、着る事、命の事、身体の事、寿命の事、明日の事の問題を心配するのではなく! たとえそこに心が締め付けられるような問題・悩みがありましても 「神は私を支配してくださっている。私は神のものだ。神の手の中に私はある」 「神は正しい裁きを行って下さる。神は神を愛し求める者に必ず常に恵みを賜うお方だ」 この一点を思い、集中して見つめて、第一に最優先に神の支配と恵みを思いなさい。神に信頼しなさい!
全ての心配事、どうにもならない心配事に対する解決の道は、あれこれ私達が思い悩み、あれこれ考える中にではなく、ここにあります。 神の国と神の義を求める事に。 神の御支配と、神の正しさ(義)に、信頼していく事です。 神は私たちに悪意をもって臨まれない、良いもの、恵みを下さるお方です。あなたはそう信じますか。
明日(未来)を心配するな
今日の心配以上のもの 未来への心配 (精神的な病) 心労(ストレス)は蓄積されていきます。また身体の健康をむしばんでいきます。今日の心配を今日置いていく。明日に持ち越さないよう。一日の労苦はその日一日で十分です。
心配に対する最善の解決の道は 大きなお方に信頼する事です。 問題に目を向けるのでなく、主に目を向けること 悪い習慣をやめる努力より、むしろ主に目を向けることです。
フィリピ4:6~7
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